「ハンコ・紙」やめませんか? ~ ①契約自由と電子取引 ~

みなさんは「ハンコ文化」で困ったことはありませんか?
取引の合意や内容の承認のために書面に押印し、エビデンス(証拠)とする「ハンコ文化」。近年ではこの押印の必要性が疑問視されるようになってきました。新型コロナウイルスの流行により、テレワークの活用をニューノーマルとする時代になっても、ハンコを押すために出社せざるを得ない……という状況も少なくありません。
しかし、ずっと必要だと思っていた紙への押印は、法的にはほとんどの場合で不要だったのです!

この記事では「ハンコ文化」で困っているみなさんの疑問にお答えし、脱ハンコのはじめ方からスキャナーを使った取引文書の電子化まで全3回にわたり徹底解説します。第1回目は取引や契約でハンコと紙が必須ではない理由と、電子取引を行う際に考慮すべきポイントについてお伝えします。

第1回 「ハンコ・紙」やめませんか? ~①契約自由と電子取引~
第2回 「ハンコ・紙」やめませんか? ~②社内決裁業務の電子化~
第3回 「ハンコ・紙」やめませんか? ~③記録管理の重要性とスキャナ保存~

本当にハンコがなくても大丈夫?―契約自由の原則―

意外と知られていないのですが、取引先との間で契約を交わす場合、その形態は自由とされており、ハンコと紙が必要ないケースがほとんどです。これは「契約自由の原則」の中の1つである「方法の自由」という古くからある理念で、例えば、口頭であっても合意があれば契約は有効になるのです。

今年4月に施行された改正民法第522条第2項においても、「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。」と明記されました。ここにある「法令に特別の定めがある場合」とは、例えば以下のように書面の作成が規定されている場合を指します。

  • 下請法の業務委託契約
  • 建設工事請負契約
  • 雇用契約における労働条件通知

上記のような例外を除き、ほとんどの取引で契約自由の原則が適用され、紙と押印は必須ではないのです。
「これでうちの会社もハンコ文化から解放されるぞ!」と思ったみなさん、ちょっと待ってください。取引先と民事訴訟になった場合、押印した紙の書類を持っていないと不安になりませんか?また、税務調査で問題になったりしないのでしょうか?これらの疑問点について、詳しく解説します。

ハンコがなくても証拠になる

取引先との間で民事訴訟が起こったとき、契約内容を証明するためには、取引先とやりとりした書類やデータが必要になります。
民事訴訟法228条第4項では、「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」との規定があるため、文書には押印が必要である、さらには押印された文書が必要であると解釈されることがあります。
しかし、法務省の見解※1によると、「いかなる場合に押印が必要であるかを導き出すことはできない(業界慣行や取引当事者が決める問題である)」とあり、当事者間で契約方法に押印不要と定めている場合や押印不要の慣習がある場合は、ハンコは必要ないとしています。
つまり、押印された書類でなくても契約内容を証明するためのエビデンスとなるということです。

※1:規制改革推進会議 第10回成長戦略WG(令和2年5月12日)での法務省回答

税法/電帳法の要件(税務調査対応)にハンコは関係ない

取引に関して書面または電子のエビデンスを授受する場合、税法/電帳法で、税法規定期間保存して税務調査時に適切に提示できるようにすることが定められています。もちろん押印が必要という規定はありません。
取引のエビデンスが書面である場合と、電子データである場合の規定を簡単にまとめます。

  • 取引のエビデンスが書面の場合(国税関係書類)
    書面の場合は、その原本を整理して納税地に7年間保存することが規定されています(法人税法施行規則59条)。整理とは税務調査で速やかに提示できる状態をいいます。ただ保存するだけではなく、すぐに探し出せるように管理しておかなければなりません。
  • 取引のエビデンスが電子データの場合
    電子データの場合は、その原本を保存することが規定されています(電子帳簿保存法施行規則10条)。保存措置と検索要件は電帳法規則8条で規定されており、原本は税法の規定により7年間保存する必要があります。

このように、取引のエビデンスは、税法および電帳法で規定されている保存期間、要件により保存、管理し、税務調査時にすぐに提示できるようにすることが重要です。ハンコと紙が必要ということではありません。
なお、取引先からメールで請求書のPDFを受領して決裁業務処理を進め、後日、書面の請求書を受領した場合は、PDFとその原本である書面の両方を保存する必要があります。

社内のルールを見直すとハンコが不要に

社内の統制ルールでは、取引先との契約の方法やその形態(書面か電子データ)、記載内容(合意内容記載要件として、誰が/いつ/何を)と管理方法を定めて運用、保存しています。統制ルールで、押印した書面をエビデンスとすることを定めている場合は、その書面の作成や保存が必要になってしまいます。
民事訴訟や税務調査対応には、押印した書面でなくてもエビデンスとしては問題ないため、社内の統制ルールを見直せばハンコは不要になります。

契約自由の原則と記録管理の重要性

紙の書類にハンコを押さなくても契約を締結することはできますが、社内ルールを整備するとともに、税法および電帳法に対応した状態でエビデンス管理をしなければ、いざというときに効力を発揮しません。
これまで説明してきたように、重要な点は以下の3つです。

  • 取引先との民事訴訟に対応できるようにすること
  • 税務調査に対応できるようにすること
  • 自社の内部統制ルールを順守すること

これらを目的として情報を管理することを、記録管理と呼びます。ハンコを使用せずに契約を行うときは、記録管理も併せて考える必要があります。

ハンコ・紙をやめたらどうやって契約する?―電子取引のはじめ方―

実際にハンコと紙をやめた場合は、取引情報を電子的にやりとりする「電子取引」で契約を行うことになります。
ここからは、データでのやりとりが不安であったり、電子取引の手段が分からなかったりする方に向けて、電子取引のはじめ方や電子取引を行う際に気をつけるべきポイントを解説していきます。

電子メールで取引を行うときのポイント

電子取引でのエビデンスの受け渡しとして、最も一般的に使われる手段は電子メールです。
エビデンスとなる電子データ(電子エビデンス)の受け渡しを電子メールで行う場合は、少なくとも以下の3つのポイントを押さえるとよいでしょう。

  • 記録が間違いなく正しいこと(真正性の補強)
    メールで電子エビデンスを送受信する時に、管理者が確認できるようにすることなどで、受け渡しを行った電子エビデンスの真正性を補強します。
    例:上司にCC,BCCで送る、または上司が必ず確認する
  • 記録が改ざんされていないこと(完全性の確保)
    メールを受信してから一定期間内に、完全性が確保された記録管理システムにメールの全情報を登録・保存します。
  • ルール化すること
    ①,②の事務処理ルールを整備します。

電子メールでも契約の証拠になる?

実際の訴訟実務で電子記録管理に詳しい牧野総合法律事務所弁護士法人 牧野二郎弁護士にお話を伺いました。
「現在の訴訟実務において、電子メール、電子データは証拠能力が認められています。送受信の全情報が記録されて提出されている場合には、十分な証明力があるとされます。それを争うものが、偽造であるとか変造であるとかの事実を指摘し、立証する必要があります。すでにそうした訴訟実務になっておりますので、紙である必要は一切なく、電子データによる立証で十分です。」
実際の訴訟の現場では、すでに電子メールの証拠能力が認められています。なりすましの可能性も指摘されていますが、実際の取引では様々な周辺状況などから取引先からのメールであることが明らかである場合が多く、電子メールは有効な取引の手段として活用できます!

電子取引のその他の方法

電子メールの他にも、共有ファイルサーバー、EDI、FAX(メモリ受信)、タブレット入力、電子契約サービスなど様々な電子的な手段があります。
電子契約サービスには、これから契約を取り交わす両社が、それぞれの電子署名を電子文書に対して付与することにより、契約が真正に成立したものと推定する法令(電子署名法第3条)に従って提供されているサービスもあります。これは、電子的な契約を締結するときには最も信頼できる方法です。
また、取引先のみが知るIDとパスワードで認証してデータ授受を行う、共有フォルダのような授受方法も十分に利用できるでしょう。

電子取引で気をつけるべきポイント

電子取引において、取引情報の要件については法令での規定はありませんが、トラブルを防いだり民事訴訟で説明責任を果たしたりするためにもエビデンスが必要です。
電子取引全体に共通する3つのポイントをご紹介します。

  • 記録項目(取引日、取引先、金額などの記載項目)の真正性
    取引のエビデンスとして必要な取引日、取引先、金額などの合意内容が正しく記載されていること
  • 保存の完全性
    授受したエビデンスは改ざんから守られていること
    定められた期間内に削除されないこと
    適切に保存されること
  • 授受方法の信頼性
    なりすましや否認を防止し、取引先であることを特定できること

①記録項目の真正性は、取引のエビデンスとして必要な項目が記載されている必要があるという基本的なことです。
②保存の完全性は、記録管理のために保存義務や保存の完全性が求められるということです。その上で、電帳法では第10条で保存要件とともに、請求情報等の取引情報の記録項目(取引日、取引先、金額等)で検索できる機能を確保しておくことが規定されています。

■ 電帳法10条保存要件

税法規定期間、適正に保存し、納税地で検索/出力できること

  • 保存の完全性 ※以下いずれかの措置
    - タイムスタンプの付与
    - 訂正削除防止規程の整備
  • 検索機能の確保
    取引情報記載の取引日、取引先、金額、その他主要な記録項目
  • 帳簿記録事項との関連性

③授受方法の信頼性は、電子取引をする際に最も検討が必要なポイントです。書面の場合は対面か郵送という手段なので取引先が特定でき、「授受方法の信頼性」が担保されています。
一方、インターネットの場合は、なりすまし、否認といった脅威があり、取引先であることを特定できる必要があります。以下の観点から適切な授受方法を選定します。

  • 取引エビデンスの重要度
    ∨ 一定金額以上の取引かどうか
    ∨ 契約書、領収書など資金や物の流れに直結する取引エビデンスかどうか
  • 取引先との関係
  • 利用するネットワークの種類
    ∨ インターネット利用
    ∨ グループ間取引のようなクローズなネットワーク利用

これらを社内規程で定めて、ITシステム、事務処理を統制します。 重要なことは、エビデンスの授受から保存、廃棄までのライフサイクルで、エビデンスの真正性、完全性を確保することです。

脱ハンコに向けての第一歩

「紙の書類+ハンコ」のエビデンスの必要性は、ほとんどの取引で法的に定められていません。大切なのは「ハンコが押されていること」ではなく、「契約が有効であると証明できること」だったのですね。
脱ハンコで電子取引をはじめる場合は、授受方法の信頼性が重要な検討ポイントになります。リスクの分析と対策を行い、事務とシステムのルールを整備し、運用管理することが大切です。これらによって説明責任を果たすことが可能となります。
これを機に「ハンコ文化」を見直し、電子的な取引への移行を積極的に検討してみてはいかがでしょうか?

次回の第2回では、「社内決裁業務の電子化 電子ワークフローの活用」についてご説明します。

SHARE