日本企業に求められるDXとは?「2025年の崖」を超えるために
~変わる世界とDX(デジタルトランスフォーメーション)第2回~

2020.10.30

「Withコロナ」「Afterコロナ」「ニューノーマル」という言葉が定着しつつある昨今。日本でもデジタル・トランスフォーメーション(DX)に注目が集まっている。経済産業省が2018年に発表したDXレポートで警告している「2025年の崖」まで5年となり、DXの推進は待ったなしの状態と言ってもいいだろう。

DXに利用される技術からその応用まで、最新技術に知見のあるテクニカルライター笠原 一輝氏は、「ITの大衆化によりDXは避けられないものになっている。日本企業に必要なのはITに精通した経営陣の存在」だと語る。DXに至るまでの歴史的な流れから、日本企業に求められるDXまで、事例も含めてPFUの早川 幸佑(流通・情報営業統括部)が聞いた。

笠原一輝

1994年よりテクニカルライターとして活動。2000年代からはWeb媒体を中心に記者・プロフェッショナルライターとして記事を寄稿。海外のカンファレンス、コンベンションへの取材歴は20年以上。主な分野はPCやコンピューティング、半導体などで、最近はAIや自動運転といった分野での執筆も増えている。日本モータースポーツ記者会(JMS)の会員でもあり、モータースポーツ関連のレポートや、自動車向けのITソリューションの記事も寄稿している。

「ITの大衆化」で、DXが避けられなくなった

[早川]「DX」という言葉もだいぶ浸透してきたと思うのですが、使われている場面や文脈によって、その意味や指すものがかなり異なっているように思います。そこで、あえてお伺いしたいのですが、そもそもDXとはなんでしょうか?

[笠原氏]昔は「デジタル」というと、一部のマニアが楽しんだり、IT系の企業が自社の生産性を向上させたりするために使うものでした。しかし、2007年にAppleがiPhoneを発売したのをきっかけに、スマートフォンが普及。これによりITのデモクラタイゼーション(大衆化)が起き、誰もが安価にITを利用できるようになりました。

その結果、ITが関係なかった分野でもITが利用できるようになり、IoTのような機器を各社が開発、販売。ITがより普遍的にいつでもどこでも利用できるようになり、企業の生産性を改善したり、消費者の生活を改善し豊かにしたりしています。これがDXです。

[早川]ありがとうございます。スマートフォンの普及がDXのきっかけになった、というわけですね。現在の「DX」に至るまでの歴史的な流れが重要な気がしますが、これをもう少し詳しく教えてください。

[笠原氏]80年代前半にPCが登場し、90年代後半にはインターネットが普及しました。誰もがPCからインターネットにアクセスできる環境が90年代後半には整ったわけです。そして00年代にはノートPCや携帯電話といったモバイル機器が広がり、10年代にはスマートフォンが普及。モバイルがどんどん進展し、ITの大衆化が実現しました。今はITと生活は切っても切り離せないものになっていますね。

そして10年代後半からは、IoTや自動運転に代表されるように、従来はITが導入されていなかった産業にITが導入され始めています。そのカギとなっているのが、マシンラーニングベースのAIやビッグデータの活用です。

現在ではMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)のような形で旅行業界にもIT化の波が押し寄せています。交通系カードは、私たちの生活をガラッと変えました。今後はスマートフォン1つあれば日本中、世界中どこにでも行ける、そうした時代が来るでしょうね。

[早川]企業が生産性を上げるためにITを導入して、組織、ビジネスモデルを変革していくという流れですね。我々が最前線で向き合っている事業も同じ部分がありますが、笠原さんは、DXが進むとどのようなことが具体的に起きる、と考えていますか?

[笠原氏]DXでは、「無駄の排除」が起きていくと考えています。

例えば東京都渋谷区では区長、副区長を先頭にDXを推進しています。具体的には新しいデバイスを導入したり、クラウドのテクノロジーを導入したり。マイクロソフトのコラボレーションツール「Teams」を導入することで、「言った、言わないをなくす」ことをしています。会議をデジタルに置き換えることで、アナログコミニケーションで生じていた無駄がなくなるのです。

その一方、COVID-19の拡大で、そうした無駄の中にも良い点があることが分かりました。例えば顔を合わせることで飲みに行ったり、タバコ部屋での話からビジネスに発展したり、そういうことが多々あることにみんなが気付きました。そのため、今後はアナログのコミュニケーションも大事にしつつ、よりバランスが取れた形での新しいコミュニケーションになっていくのではないかと思います。

[早川]僕らの現場でも概念としてのDXが話題になることが多いですが、なぜ「今」なのでしょうか?

[笠原氏]僕は2つ挙げられると思います。

1つは、COVID-19のパンデミックが起きていること。さまざまなことがデジタル化されていない事実に多くの人が気付くきっかけになりました。例えば、東京都では保健所が陽性者の報告をFAXで行っていることが話題になりましたね。

もう1つは、COVID-19のパンデミック以前から起きていたこととして、日本の企業や公的機関の生産性が海外に比べると低いという問題がありました。例えば海外の企業ではSlackやTeamsといったコラボレーションツールを使うことが当たり前になっています。電子メールさえ時代遅れだという人たちも出てきています。そうした中、日本では今でもFAXでやりとりをしている現実があるわけです。

またAIやビッグデータというものが出てきて、それが企業のビジネスを変えつつあります。従来は活用できていなかったデータが、今はお宝になりました。我々の業界では、データは21世紀の「石油」と言っています。いろいろなモノを生み出す金の卵みたいなものですね。そうしたビッグデータを持っていることが企業の強みになる時代が来ており、それを活用できない会社は競争に生き残れない状況が生まれています。

日本でDXが進まない理由のひとつが「マインドセットの問題」

[早川]仕事をしていて思うのが「いわれるほどDXは進んでいない」ということなのですが、日本でDXが進んでいない理由は何だとお考えですか?また、日本における印鑑の文化もDXを進めるうえでハードルになっているように感じるのですが、いかがでしょうか。

[笠原氏]印鑑は手段にすぎないので、諸悪の根源ではないと思います。結局はマインドセットの問題ではないでしょうか。「“なぜ印鑑を押すのか”という根本的な議論をしているかどうか?」ということだと思います。欧米では印鑑ではなくサインを使いますが、それでもデジタル化できていますよね。

単純に「印鑑をデジタル化すればいい」という部分もありますが、一番大事なのはあとで処理できるように紙をデジタル化(OCR化)しておくことです。そしたら検索ができるようになりデータとして活用できるようになりますね。それが生産性の向上につながります。

[早川]なるほど。もう一つ私が気になっているのがセキュリティ面です。日本だとセキュリティ面で何か起きると、メディアに取り上げられ、企業にとっては重荷になっているという話を聞いたことがあります。海外はセキュリティの問題を乗り越えているのか、それとも日本は企業がセキュリティ面を気にしすぎてDXが進まないのか、どちらなのでしょうか?

[笠原氏]セキュリティの機能的なものに関しては、海外も日本も同じIT基盤を利用しているので、ほぼ変わらないと思います。違うのはやはりマインドセットの問題です。

どこの国でもセキュリティの懸念はあります。ただ日本は新しいことを始める際に「問題が起きたらどうするのか」という議論が起こりますが、本来は「目的は何か」を設定しないといけないわけです。生産性を向上することが目的であれば、そのために必要なシステムを導入し、どのレベルまでのセキュリティを守らないといけないか議論します。それで問題が起きたら、仕方がないというのが海外の企業の考え方です。

日本企業に必要なのは「ITに精通した経営陣」

[早川]日本では、経営陣からDXを進めるよう指示があっても、現場まで明確なビジョンが伝わってこず、うまくいっていないケースもあるように感じます。逆に、海外などの成功例では、そうした伝達の問題はあまり無いように見えます。それは何故なんでしょうか?

[笠原氏]僕が国内外の企業を取材してて思うのは、「日本企業の経営陣はITに精通していないことが多い」ということですね。

海外の企業ではCEO自身がITに対しての知見を持ち、会社のDXを強力に推進しています。日本の企業でもようやくそうしたことが必要だという認知が進んだこともあって、最高技術責任者(CTO)をおく動きが出てきました。ただ、経営者自身がITに対しての知見を持っている例は少ないですね。

逆の例ですが、VMware,IncのCEOであるPat Gelsinger氏は、もともとIntelの副社長でCTOだったのでテクノロジーに詳しく、ITにも精通していました。そのGelsinger氏がCEOになる際、親会社のEMCコーポレーション(現:Dell EMC)の創業者に「CEOになったらニューヨークの証券取引所に行き、証券アナリストと話をしないといけない。そのとき、彼らと同じレベルで会計学の話ができないと社長たり得ない」と言われたとか。それで熱心に会計学について学び、自分の言葉で説明できるようになったそうです。

このようにCEOはバランスに優れ、ITの知見を得ている人材を充てるというのが世界の潮流になっています。CEO自身が自分の言葉でITを語れない会社は2020年代を生き残れない、これがコンセンサスになっているのです。

[早川]日本と海外の違いはよく分かりました。日本では「2025年の崖」という言葉もありますが、2025年までにシステムを刷新できなかったらどうなっていくと思いますか?

[笠原氏]そうですね……「2025年の崖」と言われているのは、2025年までに海外の企業に負けないようなIT基盤を導入しない限り、日本企業は競争に負ける、といったことを指す言葉ですよね。

インテル日本法人の鈴木国正社長は「2025年に企業のデジタルディバイドことデータディバイドが起きる」と仰っていました。

デジタルディバイドとは、インターネットの利用有無により収入格差などが広がったことを指し、90年代後半に起こりました。それと同じようなことが2025年に企業に起きると言うのです。要するにデータを有効に活用できている企業は業績が伸びる一方で、活用できていない企業は加速度的に下がるという意味です。

重要なのは会社としての生産性です。いち早くDXを導入した企業はデータを活用し、それを元にAIやビッグデータの活用が進みます。一方でDXが実現できなければ、会社としての生産性が他社よりも低く、競争に負けるでしょうね。

[早川]やはり生産性の差になりますよね。僕らもそれを念頭にいれて仕事をしているつもりですが、世の中を見ると、なかなかうまくいかない会社さんも多いようにも思います。事業を進めていく視点で見て、どうしていけばDXはうまく進むものなのでしょうか?

[笠原氏]先ほども少しお話しましたが、重要なことは企業の経営層が、ITの導入はもはや不可避であり、それをかなり速い速度で導入しなければ生き残れないという意識を持つことですね。そしてDXを自分の言葉で話せるレベルでの知識やビジョンを持つことが求められるでしょう。

それができない経営者には退場してもらう、そういう強いビジョンをCEO自身が推進していくことだと思います。

日本企業は、まずクラウドの活用を考えることが第一歩になるでしょう。まだ施設内にサーバーなどを設置するオンプレミスで運用している企業が少なくありません。海外の企業は、ほとんどの部分がクラウドにあります。クラウド利用の先にあるのがAIやビッグデータの活用ですね。

日本でもDXがはじまっている!自動車、流通、小売り、………

[早川]なるほど………。笠原さんは取材でDXの現場に触れることも多いと思うのですが、実際に起きているDXの具体例って例えばどんなものがあるのでしょうか?

[笠原氏]分かりやすいのが自動車産業です。自動運転はAIの恩恵を受けていてDXで変わりつつあります。

現在、実用化されているレベル2は、アクセルペダルなどの制御はシステム側が担い、運転手はハンドルに手を添えておきます。事故などが起きたときの責任は人間です。一方、日本でおそらく今年中に発売されるレベル3は、高速道路を走る際、運転手は席に座っているだけ。基本的にシステムが制御するので、何か起きればシステムに過失があり、メーカーが責任をとらなければいけません。

海外でも実用化されているのはレベル3まで。レベル4になると完全自動運転が実現でき、運転手は座っている必要はありますが寝ていてもOK。そしてレベル5になると、「ロボタクシー」と呼ばれるものになり、運転席がなくなり、行き先を告げると目的地に連れて行ってもらえます。ロボタクシーはレベル4の実用化より先に、2020年代前半にはおそらく実用化されると言われています。

[早川]私のお客様は流通系が多く、紙文化がだいぶ残っている印象です。流通業界はDXでどう変わっていくと思われますか?

[笠原氏]流通業界だと九州を中心に店舗展開しているスーパーマーケットの「トライアル」はAIの導入に熱心です。例えばショーケースの中にカメラを設置しておくことで、お客様が購入したものをAIが把握し、在庫がなくなったら自動で発注されるシステムを採用しています。また棚割りもAIが決めているとか。

他にも小売業界では、監視カメラにAIを導入し、顧客の性別や年齢などをデータ化。レジのデータと照らし合わせると、何を買ったかまで分かります。今後は、このデータをもとに来期を予測するようなことまでAIができるようになるかもしれませんね。

[早川]他の分野でも興味深いDXの事例があれば教えてください。

[笠原氏]飛行機の部品管理でもAIが活用されています。部品がいつ破損するか、以前はエンジニアの勘に頼っていたのが、今はいつ導入していつ破損したかを記録することで、そのデータをもとにAIが破損のタイミングを予測。それをもとに破損する前に交換しているそうです。

コロナ禍で注目が集まっているUber Eatsは、何百人もいる配達員に対して、レストランの配送を割り当てるのにビッグデータを利用しています。昔から出前サービスはありましたが、各店舗が配送にかかる負担を負っていたのに対して、Uber Eatsは多くの店舗で配送員をシェアできるようになりました。その点がDXによる恩恵です。

ちなみに広くデータを収集する必要がある場合は、何かしらのサービスをお客様に提供し、データ収集を行っているケースが多いです。例えば、Googleフォトのような写真のクラウドサービスは、データを収集し、マシンラーニングのデータとして活用しているので、無料もしくは格安で提供できています。

[早川]なるほど………。結局、DXのどの事例でも、データを活用することで業務を効率化し生産性を上げているのですね。

[笠原氏]そうですね。生産性の恩恵は大きいです。

あと、僕として是非言っておきたいのですが、よく言われる「AIが人間の仕事を奪う」というのは誤解です。AIは人間の助けをすることしかできません。

先ほど挙げた例をよく考えていただけるとわかるのですが、いずれも能動的な意思決定をしているのは人間で、AIはそれを効率よくサポートしているにすぎません。実は、今の仕組みである限り、AIが能動的に何かを行うことは不可能なんですね。

これがマシンラーニングベースのAIの弱点でもあり、人間にとって都合のいいところとも言えます。

おそらく今後も人間の仕事を奪うのではなく、人間が楽できるよう助けてくれるのがAIなり、DXなりの本質であり、そういうふうに進んでいくと考えています。

聞き手

早川 幸佑(流通・情報営業統括部 第一営業部)
2014年PFU入社。子供の頃から負けず嫌いでどんなことにもチャレンジする性格。入社後は流通営業統括部へ配属され、約4年間基盤顧客を担当、その経験を活かし現在は新規顧客担当として最前線で活動中。お客様を第一に、「出会うすべての人が自分を成長させてくれる」との想いで、日々営業活動に取り組んでいる。

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