DXで製造業はどう変わるのか?
~変わる世界とDX(デジタルトランスフォーメーション)第5回~

2021.2.25

デジタル・トランスフォーメーション(DX)の流れは、当然のことながら製造業や工場の現場にも押し寄せている。生産性の向上や研究開発において、その力は発揮され、これまでにない共創のかたちも生まれつつあるという。

しかし、製造業や工場でのDXが積極的に報じられるのは一部のみ。その現状を知る機会は意外に少ない。

そこで今回は、産業分野を含め、DXへの取り組み状況を幅広く伝えるインプレスの媒体『DIGITAL X』の編集長である志度昌宏氏に、「製造業と工場のDX」というテーマでPFUの瀬戸千晴(ネットワークソフトウェア事業部エッジネットワーク部)が話を聞いた。

志度 昌宏

インプレス『DIGITAL X(デジタルクロス)』編集長。2017年10月に「デジタルな未来を創造するためのメディア」として『DIGITAL X』を創刊。新ビジネスや社会サービスの創造に向けたデジタル技術の活用をテーマに情報発信に取り組んでいる。日経マグロウヒル社(現日経BP社)で記者活動をスタートして以来、一貫してビジネス/社会とテクノロジーの関係を取材している。慶應義塾大学理工学部数理科学科卒(1985年)、兵庫県生まれ。

製造業におけるDXの取り組み状況は?

[瀬戸]私は、新規事業を立ち上げるプロジェクトで「工場の生産現場をターゲットとしたPFUの新たな事業」をテーマに企画を担当しています。工場の方にお話をお伺いする機会も多いのですが、「産業全体を俯瞰してみてDXがどう進んでいるのか?」については、今一つ捉え難いと感じています。製造業でのDXの取り組みは今、どのような状況でしょうか?

[志度氏]製造業におけるDXには、大きく二つの流れがあります。一つはドイツで推進されている「Industry 4.0」や、アメリカ発の「Industrial Internet」に代表される、バリューチェーン全体を見渡し、複数の工場をつなぐなど、企画・開発から製造、販売、アフターサービスまでのプロセス全体をエンドツーエンドで見直そうとする取り組みです。

もう一つは、いわゆる、ものづくりに焦点を当て、工場をデジタル化することで「スマートファクトリー」を作るといった取り組みです。予知保全や不良品チェックにIoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)、人と共に動作する協働ロボットなどの導入なども、この範ちゅうと言えます。

海外では「新しいバリューチェーンを生み出そう」「サービスビジネスをもっと伸ばそう」といった指示がトップダウンで出てくるのに対し、日本ではDXを進めるという方針はあるものの、具体的な取り組みは「現場で働く人が考える」といったボトムアップで進むケースが多いのが実状です。最終的に目指すところは同じでも、両者のアプローチの違いは、スピード感や規模感を含め、かなり大きな差になって表れています。

加えて日本は、少子高齢化など“課題先進国”ですから労働力の確保や熟練者の技能継承といった喫緊の課題があり、なおさらスマートファクトリー指向が強くなっています。

[瀬戸]なるほど、概念として、そうした動きがあるのですね。最終的には、日本も海外のように、バリューチェーンを変えるような動きになるのでしょうか。

[志度氏]バリューチェーンの視点で見ると、日本では元々、系列やグループ会社など最適化に向けた仕組みが機能していたので、単純な比較はできません。DXでは、「顧客に提供するサービスレベルが十分に機能しているか」という視点も大きいからです。

DXの議論では、米Amazon.comや米Netflixによる既存事業の破壊がよく例示されますが、こうした変化で破壊されたのは主に消費者に商品を販売する小売業です。デジタル化の動きの中で、製品の価値が急落した例もありますが、ものづくりが不要になったわけではなく、むしろ最近は、ハードウェアを作れる企業の価値が再評価されてきています。これは、IoTなどで消費者との接点を確保・強化できるためです。

ただ商品の供給源である製造業では、自社だけでバリューチェーン全体を変えるよりも、新興企業を含めたエコシステム全体で新たなバリューチェーンを構築しようとする動きのほうが強いでしょう。Industry4.0などがいうバリューチェーンも、データ共有を前提に、大手から中堅・中小を含めたエコシステムを再構築する動きと言えます。

[瀬戸]なるほど。

[志度氏]自らのバリューチェーン作りに積極的に動いているのは、衣料品などに見られる製造小売り業です。「商品を自ら企画・製造し、自社の物流網を構築、最終的には自社の店頭で販売する」というビジネスですが、彼らは「どんな商品が売れ、どれだけ作ればいいのか、いつ消費者に届けるのか」というサイクル全体を自社でマネジメントできます。

製造業がスマートファクトリーから最終顧客を見ようとするのに対し、彼らは顧客の側から、ものづくりを見ているため、もっと視野が広く、スピード感を持って全体に連続性がある仕組みを構築しようとしています。農業を手掛け、セントラルキッチンという工場をもつ飲食チェーンなども同じです。

製造小売業は、最終消費者に「最適な商品を、在庫を持たず、最適なタイミングで届けたい」という変革に向けた大きな目標を持っています。製造業におけるDXでは、同業者の動きだけでなく、こうした製造小売業など顧客との直接的な接点を持つ企業の動きにも注目する必要があります。

[瀬戸]消費者の情報が製造現場にもつながるイメージですね。まさにDXであり、スマートファクトリーとしても、新しい形のように感じます。一方、今までお伺いしたのは大手企業のケースのように思いますが、中堅や中小企業はどういう状況なのでしょうか?私たちがスマートファクトリ―の視点から現場の方にお話をうかがっても、「トラブルがあっても現場に担当者が駆けつければ解決するから」という声を良く聞きます。

[志度氏]全般的に見て、中堅・中小企業のDXは「これから」という段階です。

日本では「現場」が本当に強く、日々、業務を改善することが定着しているので、現状、テクノロジーに頼らなくても「困っていない」面があります。結果として、DXにも興味が湧かない。ただそれは、人手によってサービスレベルを維持・向上できている範囲に限定されます。

今後は少子高齢化で働き手が減り、駆けつけられる人材が不足したり、駆けつけて問題を解決してくれた人たちが定年を迎えたりします。今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で、「工場に駆けつけること自体が困難になることもある」ということにも気付いたはずです。そうした状況が見えたり体感できたりして初めて「人手に頼らない工夫としてテクノロジーを検討してみよう」という機運が高まってくるのです。

[瀬戸]実際、新型コロナ以降は、在宅環境から工場の状態を見たいとかスマートグラスの利用を検討したいといった声も増えています。

[志度氏]遠隔操作や遠隔監視のニーズは、ますます強まっていくでしょう。AR(拡張現実)/VR(仮想現実)といったテクノロジーも、5G(第5世代移動通信システム)の開始と相まって、使い勝手が高まってきています。熟練者の技能継承という意味合いも強いですね。

遠隔操作/監視による自動化が進むと工場内に人がいなくなり、わずかに残る人の安全管理が難しくなると言われています。人の目が届かないからです。工場のIoTといえば、製造装置の稼働データなどが想定されていますが、今後は、現場スタッフの安全を確保するために人の動きや体調などを対象にしたIoTも広がると考えられます。

人の現在位置や行動を把握することは“3密”の回避にも利用できるだけでなく、働く環境の最適化やチーム内での人間関係の向上など、さまざまな応用が可能なだけに、注目が高まるのではないでしょうか。

ただ、そうした取り組みでは、現場だけ見ていると「人手不足だから、この作業をテクノロジーで置き換えよう」といった、目先の課題解決で終わってしまう事があります。冒頭でお話ししたような「全体的なプロセスの見直し」や「外の人とつながった時、どうなるべきか」といった発想が出にくいのです。

そのため海外では、トップダウンで「DXが目指すべき大きな方向感」を示すことで組織変革の一体感やスピード感を高めています。その意味では、中堅・中小企業の場合、社長が全体を見ておられるので、トップダウンで進むケースがあります。実際、自動化を徹底し24時間連続稼働を実現していたり、作業実績のデータベース化を図って熟練者のノウハウを体系化、遠隔で他社の業務を指導したりしている中堅・中小企業もあります。

製造業におけるオープンイノベーション(共創)の現状

[瀬戸]少し話題が変わりますが、オープンイノベーション(共創)について伺わせてください。弊社では「DXでは共創が重要」という意識で色々と模索しています。製造業における共創は進んでいるのでしょうか?

[志度氏]従来、オープンイノベーション(共創)といえば「大手企業がベンチャー企業からの提案を待つ」という姿勢が強かったと思いますが、今では大手企業の側から解決したいテーマを具体的に提示し、解決策を持つベンチャー企業を探す動きが強まっています。ベンチャー企業の側にも大手企業と一緒にやりたいという空気が強いですね。

「大手とベンチャー企業」という組み合わせは進み始めていますし、両者を対象にしたマッチングサービスも生まれています。

[瀬戸]「中堅・中小企業とベンチャー企業の共創」については、どうでしょうか?正直なところ、イメージが湧きにくいのですが………

[志度氏]「中堅・中小企業とベンチャー企業」というのは徐々に動きが出ている部分ですね。

経済産業省や同・関東経済局では、中堅・中小企業とベンチャー企業のマッチングや、中堅・中小企業がベンチャー企業に投資する動きを加速させるための施策を強化しています。

一方、中堅・中小企業では、「地元の大学などと協力して自身の技術力を究める」といった形での「共創」が動き出しているように思います。地方自治体などが「地域活性化に向けたDX」として技術開発や実証実験を強化していることが背景にあります。

この動きは大学側のメリットもあります。これまで「研究室での実験」だったものが、スマート工場や農業IoTなどで「企業が持つ実際の課題」に取り組むことになり、最新技術を適用できる“現場”になるためです。こうした環境が共創には重要だと思います。

Withコロナ、Afterコロナ時代における製造業のDXへの取り組み

[瀬戸]まずはオープンにしていこうということですね。弊社でも、大きな組織変更を行うことなどで、社会課題の解決に向けた新事業/新技術の開発を活発化するよう意識改革を図っています。私たちのプロジェクトもコロナ禍で発足し、メンバーとも顧客とも遠隔でやりとりしたものです。Withコロナ/Afterコロナを考えたとき、今後の製造業のDXの取り組みはどう変わるでしょうか。

[志度氏]人手不足、少子高齢化という状況は同じなので、大きな方向性は変わらないでしょう。ただ、コロナ禍を経験したことで、「何かあれば工場に駆けつければいい」と言っていた人が、駆けつけられないという状況を認識したので、課題がより明確になったと言えます。

まだまだコロナの先は読めませんが、DXへの取り組みスピードは上がるでしょう。おそらくスポット的なソリューションに対する取り組みは、より進むと思います。そのうえで今後、テクノロジーを導入することで、どうなりたいのか、どんなものづくりをしたいのか、といったビジョンを描き、その解決策を考えることが大事でしょう。

今後はデジタルツインの構築・活用が焦点に

[瀬戸]最後にお伺いしたいのですが、製造業のDXは今後、どんな分野が進展していくと考えられますか。

[志度氏]まずスマートファクトリーの観点では、先にお話しした工場の自動化に向けた取り組みですね。スマートグラスによるAR/VRなどを含めた遠隔監視/遠隔操作・操縦などです。そこではAI/IoTの延長線にあるロボットの導入も進むでしょう。

ここでいうロボットは、従来の工場ラインにある大型の腕型ロボットだけでなく、双腕など複数の腕を持つ小型の協働型ロボットやAGV(無人搬送車)、巡回ロボット、さらにはチャットボットのようなソフトウェアも含みます。AGVも生産ラインなどと連携することで、ライン設計の柔軟性が高まり、「顧客ごとに異なる仕様で生産する」といったこともDXの対象範囲の拡大に寄与するでしょう。

スマートファクトリーを含むバリューチェーンの領域では、設計などの3DデータやIoTで取得したデータなどを全社一元的に管理する動きが強まるでしょう。いわゆる「デジタルツイン」の構築です。

デジタルツインは、現実世界の状態や振る舞いをセンシングし、仮想世界に写し取ったものです。現実世界と仮想世界が同じという意味で「ツイン(双子)」と呼びます。このデジタルツインをシミュレーションすることで、設計から製造、販売、保守などを含め、ビジネス全体の最適化や変革を図ります。

DXの中核には、データに基づく意思決定やサービスの創造があります。それには、どれだけ現実世界と変わらぬデジタルツインを構築できるかが問われます。製造装置の稼働データだけとか、品質チェックの結果だけといった部分的な取り組み、あるいは工場だけの取り組みでは、ビジネスの創造や変革には不十分なのです。顧客のことを知るデータもしかりです。

例えば経産省・関東経済局が2019年度に「稼ぐ力」をテーマに取り組んだ事業では、自力で稼げる企業のチェック項目として、「意思決定のための組織力」と、「生産管理や販売管理など会社経営に関するデータの整備状況」を挙げています。要するに、“会社の今”を知るためのデータがあるのか、目指すべき姿を実現するためのデータがあるのか、という内容で、つまりデジタルツインが構築できるのかを問うているのです。

海外のDXでは一時、DX推進担当役員であるCDO(最高デジタル責任者)が話題になりました。デジタルツインを早期に確立し、過去の延長線上にない意思決定とビジネスモデルの確立を短期間で組織に浸透させるためです。強力なトップダウンです。

そのCDOも、DXが浸透し全社で取り組めるようになれば、わざわざ「デジタル」を声高に発する必要がなくなるので、最先端企業ではCDOやDX専任部門を発展的に解消し始めています。日本がボトムアップで、スポット的なDXを積み上げていくにしても、そのスピード感に追従できるのかは十分に考える必要があります。

[瀬戸]スポット的なDXにとどまらないよう、製造業が向かう未来の大きな絵を見つつ、今、起きている課題に対して、どういう提案ができるかをしっかりと考えていかないといけませんね。

[志度氏]幸いにも工場で働く人たちは基本的にエンジニアです。物事の課題を解決したいという視点はデジタル技術の提供者と共通です。

中堅・中小企業などでは、AIのプログラム開発なども社内のスタッフが自力で取り組んでいます。ところが、そうした担当者にDXについて質問すると「私はコンピューターのコトは分からないので」などと答えられたりします。デジタルそのものに興味があるわけではなく、その会社を成長させるためにプログラミングしているということです。

今一度、現場のエンジニアとデジタル技術を提供するエンジニアが、お互いが持つ理想や技術を伝え合い共感できれば、そこに共創が生まれ、これまでとは違った解決策や成長シナリオが描けるのではないでしょうか。

[瀬戸]今回お話をお聞きして、ITベンダーとしては、ものづくりの現場にいる方々が描く未来に寄り添い、ITの専門家だからこその提案をしなければいけないと感じました。

DXのトレンドとして 「バリューチェーン全体の見直し」「スマートファクトリ―」と大きく分けて2つのモードがあることや、中小企業における共創のあり方など、色々と整理ができたようにも思います。本日は、様々な示唆のあるお話をお伺いさせていただき、ありがとうございました。

聞き手

瀬戸千晴(ネットワークソフトウェア事業部エッジネットワーク部)
PFUの全社プロジェクトである、生産現場における事業創出を目指す取り組みに参画中。PFUの自社工場をモデルにDXの最新技術を開発、応用、適用しつつ、外部への企画・販売推進も行っている。共創候補のパートナー企業も開拓中。現部署以前でも、事業戦略室で新規事業創出にかかわったり、社内の企画提案支援制度を活用した新商品提案を行っており、新規事業や新商品に対して積極的な行動派。趣味は読書。

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